2017/02/07

xxx 健 常 者 xxx



どうもこんばんは、パトリック・ジェーンです。


ここ最近、周りの人たちが自分の乗り物をイジってます

試行錯誤、失敗しながら成功目指してヤってます


そんな大事な物をイジるお手伝いをさせてもらってて思うこと

"楽しそうでなにより"

この一心でございます


資産としての車の所有というものも理解できますし、それはそれで必要だと思います

けど、僕が応援したいのは

"自己表現としての遊び道具"

として車と付き合ってる人たち

ここでございます



"資産と遊び"

根本的な向き合い方が違うんですよね

たぶん



自分の乗り物くらい自分でイジれ!

というのは昔から同じなんですが、それを言ってるにも意味があります

人の手を借りてオナニーするのはもちろん気持ちいいけれど

とりあえず自分の手でオナニーするのが先じゃね~か?

そうです、たいして意味なんてありません

人の車イジるのが面倒なだけで、言ってるだけです


"とにかく掃除が大変"

その一言に尽きると思います

舐めれるくらいきれいな車なら喜んでイジります

イジることを自分でやれば、おのずと掃除をしてくれます

むしろイジれなくても掃除はできます

とりあえず掃除してくれ

その一心です(笑



人の考え方や趣味嗜好なんて、無限にあっていい

逆に無限にあるからいいと思ってます

これを型にはめてしまうのは、やりやすいからなんですよね

無駄を省いていくから、クオリティも上がるし、新しい発想もできる

けど、型にはめて何も出てこないなら、はめる必要なんてなくて

自由形でいったほうがいい

けど、自由形でいける人って極稀で

だからいったん制限や、縛り、型にいれる

そしたら、「ここまでいけるんや」って境目がみれるから、「まだいける」って感覚も生まれる

下向いて食い物探してる人に、惑星の話しても理解できる訳なくて

もっと違う角度で話せにゃ宇宙の神秘なんて伝わらんのです

でもね、宇宙に浮いてる惑星より、下に落ちてる食い物のほうが美味しいのは間違いないんです

実際のところ



ディープだけど、時間があるなら読んでもらいたい

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50640


PEACE